“No Tech for Apartheid”と退職前後の話(2024-10頃)
時系列順にかく
*2024年8月18日|コミティアで配布したペーパー
コミティア149に出展した際に、自分のスペースで配布したペーパーに「No Tech For Apartheid」のことを書いた。イスラエルが行っている虐殺に、クラウド基盤が手を貸していることについてまとまった文章を書いたのは初めてでした。
▷全文 Eidantoei today 2024-08-18
*2024年10月22日|社内のScrapboxに投稿した「退職のあいさつのようなもの」
10月末に勤務先を退職することに決めた。退職の挨拶、として書いた長文を、最終出社日の前日である10/22に社内に投稿した。
▷部分的に掲載。ところどころ、省略やマスキングをしています。
退職の前日(2024-10-22)に書いた、長くてまとまりがなく、わりと急に終わる文章です。
————
こんにちは。20××年3月に入社した××××《ちかく》です!
はじめましての方、よろしくおねがいします。10月23日が最終出社日で、10月31日に退職します。
《中略:自分の入社以後の振り返り、大きなきっかけがあって退職するわけではないなどの話、など》
いい変化もたくさんあったけれど、自分にとっては悪い兆候だと感じる機会が本当に増えました。そのひとつが、意見の表明のしやすさが次第に損なわれていったことだったかなあと思います。
基幹的なしくみの変われなさ・変えられなさに絶望することも増えてしまいました。
「原因」と「トリガー」は別物だと思っていますが、自分が退職を決めるに至ったトリガーについての詳細は割愛します。8月くらいになんだか心境の変化があって、わりかし思いつきのように辞めることを決めてしまいました。いろんな不穏なできごとが背中を押したことは確かですが、ストレスが閾値を超えたので辞める、という感じではないです。なので、あと半年でもあと1年でも、居ようと思えばまだ全然居られた気がしています。ただ、心身が元気なうちに辞めておくか…という感じもありました。
《Bさん》には1on1で退職の意思をお伝えしたのですが、言ったあと《Bさん》がめっちゃびっくりしていました。1on1でそんな話が飛び出ると思ってなかった、と。すみませんでした。退職の申し出って、1on1で急に発表するべきじゃなかったか。もし退職したくなった人はちゃんと「ちょっと話があります」等の言葉を添えて声をかけ、しっかり匂わせておいたほうが良いかもしれません。参考までに……。
◎No Tech For Apartheid
イスラエルがパレスチナに続けて行っている虐殺にずっと理不尽さを感じています。少し前の日報に「もう1年が経った」と書きましたが、この2週間の間にも理不尽な虐殺が続いていて、そうした画像・映像・情報にふれるたびに、はやく止めろ、とずっと思っています。
それよりもずっと前からイスラエルによる加害やその準備は続いていたし、パレスチナで暮らすための水道や電気をはじめとした生活インフラはぶち壊され続けてきたし、イスラエルの一存で簡単に命が奪われるような環境が当たり前になっている。対等な力関係を前提に行われるような「戦争」ではなく、一方的な「支配」や「虐殺」です。理不尽すぎる。
https://x.com/hanapan8723/status/1845854041341038762?s=46
パレスチナのことに関心を寄せはじめた2024年2月以降、自分もこういう様子を見続けてきたなあと思ったのでリンクを貼っておきます
本当に嫌なことに、あらゆる経済活動がイスラエルによる虐殺を支えてしまっていて、それもしんどいです。《A社=勤務先社名》の活動も決して無縁ではありません。AWSやGoogle Cloudが、パレスチナで暮らす人や子どもの殺戮に「活用」されているからです。たくさんいるクラウドの顧客のひとつにイスラエル政府がたまたまいた、という話ではなく、イスラエルとAmazonとGoogleは明確に契約を締結して、テクノロジーが虐殺を可能にしてしまっている。AmazonやGoogleではたらく技術労働者も声を上げている(No Tech For Apartheidという名前の活動がある)のですが、そのことを理由に不当な解雇も起きている状況で、辛い状況です。これについては以下のページにざっとまとまっています。
No Tech For Apartheid
※上記ページからもリンクされているがここにも貼っておく
https://notechforapartheid.com/
https://stopkiller.ai/
パートナーとしてAWSに貢献することが、結果的にとはいえイスラエルの虐殺に協力してしまっている。わたしはパートナー周りの連携や業務のかたちがどういったものか分かってないので、具体的にどういったアクションを取れば良いのか分かっていません。声を上げて瞬時に虐殺が止まるわけではないが、人権を踏みにじらないことを前提にして、今後も健全なパートナーであり続けるために、パートナーの立場でできることがないか一旦考えてみて、有効なアクションをとってほしいと願っています。人の暮らしをよりよくするためにあるはずの技術やサービスが、民族浄化のために使われているのは誤っています。
もし、会社としてできるアクションがないという結論にいたってしまっても、個人でできる行動をぜひしてみてもらいたいです。日々の買い物で不買をする、生活をめちゃくちゃにされた側の人を支えるための寄付に参加する、署名に参加する、政府に意見フォームでもっと働きかけるように伝える、こんどの総選挙で親イスラエルの政治家に票を入れない……などなど。「沈黙は加担」という言葉もあって、それもたしかにそうなんだけど、黙っていながらでもやれることはけっこうある。その人数が多ければ多いほど良いはずです。
BDS運動
https://x.com/pyooi/status/1845581401774825492
総選挙
【参考】ジェノサイドに加担しない投票行動を考えるための候補者情報(随時更新)|安田菜津紀(フォトジャーナリスト)
パレスチナのことをまず知る
モヤモヤ別 パレスチナ🍉アクションまとめ … 前編/後編
Olive Journal  | 市民がつくるパレスチナ情報サイト
書籍『ガザとは何か——パレスチナを知るための緊急講義』
この話をもっと早く社内で共有すべきだった、と思いつつ、発言する勇気が全然なくて言及できなかった。長年在籍したことで得た、比較的ものを言いやすいという特権があったはずなのにそれを活かせなかったのは、それ自体が情けないことで、虐殺に加担していると言われても仕方の無いことだし、悔いています。
◎リモートワーク/自尊感情/「勤怠」/段差を取り除く
2020年にコロナの世になって、《A社》が完全リモートワークに舵を切ってくれたおかげでわたしは無事に人間になれたなーという感覚があります。私は朝9時までに会社に到達することがすこぶる下手でした。それがうまくいかないことで、自尊感情がつねに一定程度損なわれた状態で生きていました。
2017年ごろから労務からの声かけによって産業医につながり、それから睡眠外来につながり、主治医・労務・マネージャーとの調整を経て、出社の定時を一旦11時にずらしてもらいつつ、投薬治療も含めて改善に取り組んでいました。改善に向かってはいたが、順調とは言い難い状況でした。
それが、在宅勤務に移行したことですごい速さで解決してしまった。解決してからようやく、自分は、自分が思っていた以上に通勤が苦痛だったことに気付きました。朝、起き上がってすぐ家を出られるわけではない。ごはんをたべて、身支度をして、というその一連の動作に対する精神的なハードルがそもそもかなり高かった。
その後、出社定時は2021年1月に「9時」に戻せました。そこでようやく自尊感情を持って仕事に取り組めるようになったという感覚があります。めちゃくちゃ嬉しかったし、本当に元気になった。
「勤怠」という言葉がけっこう嫌いです。労務まわりの用語として「勤怠」と呼ばれることには違和感はありません。ただ、個々人の評価や面談の場でその言葉を安易に使われるとムッとする。例えば、マネージャーとの面談や会話のなかで、遅刻が多いことを指して「最近、勤怠状況が…」と言うことがあります。そのことを「勤怠の問題」と表現することで、遅刻の原因をすべて当人の「怠け」で説明しようとしてしまう。遅刻をする側の人も「自分が怠けている、自分がだめなのだ」という考えを内面化してしまいます。自分がまさにそうでした。本当にそれは「怠け」100%なのか。純然たる「怠け」なんて存在しない気がします。必ず環境の側や、環境と自身の間にも、何らかの理由があるはずです。上述のようにリモートワークという環境に変わることで、そもそも悩まなくて済む話だった。その前に、医療(自分の場合は睡眠外来でした)に繋がったことでチームぐるみ・会社ぐるみでの環境調整をすすめられて、定時を動かすなどの試みが可能になった。
アクセシビリティの世界には、障害を個人の側で解消することをめざす「医学モデル」と、そもそも環境の側を調整して段差をなくす「社会モデル」という言葉があります。身体にまつわる障害だけでなく、労働の場でも「社会モデル」で捉えて解決すべき問題がいくらでもあると思います。
書籍 『誰のためのアクセシビリティ?』
自分自身の側を変えることもそれはそれで立派なことだけど、一方で「この段差がつらい」という環境をみつめる視点もめちゃくちゃ大事です。そもそもこの設定っておかしい、前提が変、など。そして、その視点は基本的に「わがまま」でいい。
アクセシビリティに力を入れているSmartHRが掲げている「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない」って、本当にそう思います。善意に頼る場合、善意を発揮する側の人の体調・機嫌が悪ければ善意は発揮されないので。
SmartHR ACCESSIBILITY(スマートHR アクセシビリティ)|仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない。
まずは「自分にとってはこの段差がつらい!」という話をして視点を共有する。そうすると、「それ自分もつらいと思ってた」という声が意外と集まってくるものです。
*2024年10月23日|「退職のあいさつ」ページが経営チームにより削除される
最終出社日当日、わたしの業務がひと段落したあとでSlackを見た。
すると、経営チームの1人であるCさん(仮名)が以下のようなことを投稿していた。
《A社=勤務先社名》の活動がパレスチナでの虐殺行為を助長する、といった歪んだ認知とも取れる内容が含まれており、明らかに不適切と判断しましたので削除しました。
10/22に投稿した前述の文章が、ページごと削除されたとわかった。
*2024年10月25日|10/23にあったことを一旦書いた
Original: https://ooo.eidantoei.org/@et/113363084704234594
〈怒っているし結構長い文章〉
※いつか別のところにも改めてまとめたいけどざーっと書いておきます。
おととい退職のあいさつ文を勤め先のScrapboxにページとして投稿したのだが、きのうの最終出社日に経営メンバーによってページごと消されるということが起きた。16年在籍してワースト・オブ・理不尽だと思った。昨日の昼過ぎにそのことがわかり、めちゃくちゃに傷つき、それからずっと怒り狂って頭痛と疲労でおしまいになっていた。とにかくたくさん眠ったので今朝はだいぶましな体調になった。でも当然ながら怒りは消えてない(し、積極的に消すつもりも別にない)。
そのページには大まかに3つの文章を書いており、その2つ目が「No Tech For Apartheid」に関する内容だった。それを理由に削除をしたらしい。パレスチナで1年以上続いている虐殺とその理不尽さの話、AWSとGoogle Cloudがイスラエルと手を組んでパレスチナでの虐殺を可能にしてしまっている話、そして勤め先のこの会社はAWSのパートナー企業のひとつなので結果的にとはいえ加担してしまっているようなものだという話、パートナー企業として抗議などできることを検討してほしいという話、それができないなら各個人でボイコット・寄付などのできることをしてほしいという話を書いた。退職日のすぐ手前までこの話をすることができなかった自分が情けないということも書いた。
文章は4時間くらいでざっと書いたので全体的にやや雑ではあったけれど、でかい誤解が生じるようなものではなかったと思う。「最後っ屁」と言われても仕方ない投稿タイミングではあるけど、「最後っ屁」でしか伝えられないことって良くも悪くもあるはずだから一概に悪いことではないとも思った。ネーミングが悪い。屁って。
経営層メンバーは「この会社の活動がパレスチナに対する虐殺行為を助長するという〈歪んだ認知〉とも取れる内容で、明らかに不適切と判断」したのでページごと消した、とSlackの全員いる部屋に投稿していた。その投稿は私がもう見ていない想定でなされたものみたいだったけど、私の業務パソコンの初期化作業が遅れていたせいで私も見てしまったのだった。私も投稿者にとっても運が悪かったってことになる。全く嬉しくはないけど気付けてよかった気もする。
No Tech For Apartheidキャンペーンで声を上げたGoogleの技術労働者たちが解雇されたことを思い出した。やってることいっしょじゃん。経営関連メンバー全員がパレスチナで起きていることや不買などの市民運動に完全関心な人で構成されていて、「虐殺に加担」とかいきなり言われてびっくりしたのかな。
仮にそうだとしても、なんのヒアリングもなしに「認知の歪み」などと一方的に判定するって、シンプルに失礼すぎる。そのうえ投稿者への断りもなく丸ごと消す対応しかできないって、すごい判断力・行動力だなと思った。実際に消された側はめちゃくちゃ傷つく。自分の書いた言葉をいきなり消されるってことが初めてだったのだけど、かなり怖い。この会社では上の立場であればそうした対応も可能、というメッセージ発信にもなっている気がするし、とても有害だと思った。ていうか、もう退職する人間の言葉だったら揉み消してもいいとおもっているのか。ナレッジ共有システム全体に失礼。正しいことをしていると思ってやっているならその正しさはかなり歪んでいるように見えるよ。
もっと早くから社内でイスラエルが今していることやAWSとGoogleの関連について話題にしておけばよかったのかもしれない。でもそのような、もしかすると見る側の多くが耳を塞ぎたくなるような社会問題についてそう簡単に発信できるような環境ではなかったなとも思う。なぜなら、ストレスを溜めた従業員の発した言葉が、上に立つ人にとって取り下げるよう圧をかけるということは、自分が知る限り過去1年で2回あったので。それらも、今回も、もちろん伝え方を工夫すればこういうことは回避できたのかもしれない。でもそれはまた別の問題。
ページ削除の対応について、わたしがいなくなった後どういう受け止め方をされているのか。わたしはもう業務PCを返却済で情報システムへのアクセス権限もない。成仏しきってない亡霊みたいな気分になってる。
見えないなりに勝手に想像している。「これっておかしくないですか?」と表立って言ってくれる人は誰もいない気がする。そんな一方的な発言削除がまかり通る組織環境がかなり心配だし何かメッセージを投げかけておきたい。パレスチナで起きていることやAWSがイスラエルに協力してしまっていることについても耳を塞いで終わりにしようとしている人がいるなら、もうすこし自分にできる範囲で説明なり話をしたい。あと地味な悩みだけど、メッセージを伝達する方法も悩ましい。情報システムにはアクセスができないのでメールでどこかに送るか、そうするとしてどこに送るか。誰かを中継するみたいなルートなのか……。
うちは残念な会社だしもう忘れちゃえばいいよ!と言ってくれた同僚。恨んでもしょうがないとハローキティが歌って踊る動画を送ってくれた友人。気にかけてくれてありがとう。特にその同僚は一緒に怒ってくれていて救われた。1人少なくともいっしょに怒っている人がいる。よく寝て体調がマシになったと冒頭書いたが、この人とのメッセージのやりとりがなければまだぐったりしていた気がする。
亡霊としてこれからとりたいアクション案を書いたけど、何かのためのようでいて、本当は単なる恨みでしかないのかもしれない。そうならないようにしたい。勤め先の籍が実際になくなる10月末日までに何ができるのか、何もしないのか、もう数日寝かせて考えようかなあ……。似たような理不尽を経験した人や、所属先に抗議文を書いたことがある人がもしいたら相談したい。
*2024年10月31日|「退職のあいさつ2」を個人メールアドレスから社内メンバーに送信
最終出社日のあと、在籍最終日に会社に残っているメンバーに向けてメールを送った。私用の個人メールアドレスから、思い出せる限りの同僚のメールアドレスをToに羅列して送信した。
お疲れ様です。
《A社=勤務先社名》の××××《ちかく》です。
わたしは今日10月31日付けで退職となります。今までたいへんお世話になりました。××××年半在籍していましたが、ここまでなんとかやってこれたのは、その時々で周囲にいた同僚の皆さんのあらゆるサポートやケアがあったからだなあと改めて思っています。
先週10月23日が最終出社日でした。その前日、10月22日に「退職のあいさつのようなもの」という文章をScrapboxページで社内公開しました。題名の通り、退職の挨拶のつもりで書いたものでしたが、10月23日のお昼ごろにそのページは削除されてしまいました。
このページ削除という対応をうけて、わたしは相当に傷つき、理不尽さを覚えました。
1週間と1日経った今も全く変わらずそう思っています。あの対応はおかしいです。
同時に、今回のできごとに応答する必要があるとも感じたので、あらためてメッセージを送ります。推敲にかける時間があまりとれずめちゃ長文になってしまいましたが、ぜひ読んでみてください。
(☆Tips☆ 長くて読むのだるそうな文章でも、音読してみると意外とスルスル読める…という場合もある)
▼文章の社内共有のおねがい
このメールの内容は、《A社》に在籍するメンバー全員に向けて書いたものです。ただ、《ちかく》はもう社内の情報システムにアクセスできず、正確な全員のメールアドレスを取得することができないため、思いつく限りの個人メールアドレス(それと××××@)に対して直接送付するやり方をとっています。
宛先リストは不完全ですが、全員が読める状態を望んています。このメールを受け取られた方においては、何らかの方法で全員に届くように措置を取ってもらえると非常に助かります。(ScrapboxやBacklog、Slackに転記するなど)
▼前提
わたしはこの件について、10月23日 15時ごろまでの状況しか見ていません。それ以降に社内でどのような反応や動きがあったのか(あるいは無かったのか)を把握していません。
借りていた社用PCは既に返却済みで、もう社内の情報システムには全くアクセスできないという状態だからです。
▼消されたScrapboxのページ内容
このメールにテキストファイルを添付します。
(私物端末で書いたものを社内のScrapboxに転記したため、手元にオリジナルのデータがあります)
▼ページ削除を知るまでの流れ
自分の書いたScrapboxページが削除されたということは、Slackの # general チャンネルで《Cさん》がそう発信していたのを見て知りました。
(10月23日の最終出社当日)
・××××の事務所に出社
→貸与品の返却と、数名でランチを食べに行く予定があったため
・お昼ごろ、Slackの # times-×××× チャンネルでこれからPCの初期化をする旨をつぶやいた
→これでもう最後の発言、というつもりだった
・しかし、初期化作業の開始に至らず休憩入りした
→初期化の手順を探したり、モタモタ手間取っているうちに、もうランチを食べに事務所を発つ時刻になっていたため
・ランチから戻り、あらためてPCの初期化を進めようとしたとき、なんとなく一度終了したSlackのアプリケーションを起動
・そこで前述の通り、《Cさん》によるページ削除の旨の発言を見た
▼ページ削除を知ったあとの私の反応
とても傷つき、それによりめちゃくちゃ怒りが湧きました。
ページが削除されたと知ったあと、その理由を言葉ですぐには説明できないくらいには混乱をしました。子供の頃に大人に殴られた時のような、視界のぐらつきを感じたり、手指の震えなどがあったと記憶しています。
Slackの # times-×××× チャンネルで最低限の応答をするくらいしかできず、その後すぐ、予定していたPCの初期化作業をはじめました。
なお、今回削除の旨を周知したのは《Cさん》でしたが、実際に誰がどこで意思決定した話なのかはわかりません。少なくとも《Cさん》個人の問題では決してないだろうと思っています。
こういう意思決定を可能にしてしまう組織内の風土やムードに問題がある、という前提で書いています。
▼問題点1:「認知が歪んでいる」という安易なジャッジ
《Cさん》の発言によると、ページ削除の理由は、
・《A社》の事業がパレスチナで起きている虐殺に加担してしまっている、という話は「歪んだ認知」である
・そのため「明らかに不適切」であるから、削除した
ということでした。
どこらへんを指して「歪んでいる」と思われたのかはわかりませんが、引っかかったポイントを推測しながら改めて説明します。
(違う箇所で引っかかっていたのなら教えてください。私は専門家ではないのでなんでも知っているわけではないですが、できる範囲で応答したいと思っています。)
消された文章の中で私は、イスラエルがパレスチナに対して行っていることは一方的な支配構造があるなかでの「虐殺」行為であって、対等な関係の上で行われるような「戦争」ではない、と書きました。また、その虐殺にAWSやGoogle Cloudが加担している状況がある、という話も書きました。
「加担」という言葉は、いきなり聞かされるとギョッとするかもしれません。
でも、日本で生活している自分たちの消費活動のなかにも、イスラエルの活動を強める助けになってしまう部分があちこちにあるくらいだし、残念だけど無関係ではないです。だからこそ市民レベルでの不買運動だったり、投資引き上げの呼びかけなどが行われている、と理解しています。
・BDS運動 https://olivejournal.studio.site/post/bds
イスラエルが行っているパレスチナ人の監視や、その先で行われている殺戮のターゲット選びにAWSのサービスが使用されていることについては、「加担」と表現して違和感のない直接性があると思います。
一方で、パートナー企業のひとつであるA社は、直接的ではないにせよ、「無関係」とは言えない。もちろんA社以外の他のパートナー企業もすべて同じで、AWSの活動を支える立場にいるという意味では、間接的とはいえ加担だと思っています。
普段触れているAWSのサービスの、Management Consoleの画面の1枚向こう側で虐殺行為が起きてしまっていることを、まずは認識してほしいです。そのことすら「認知が歪んでいる」と判定されるのでしょうか。
そのうえで、《A社》がパートナー企業の立場でできることを検討してほしい、と書きました。それは困難すぎることかもしれませんが、結論にすぐショートカットせずに一度考えてほしい。仮に何もできなくても、個人レベルでできることがあるはずなのでやってほしい。
▼問題点2:経営層・マネジメント層にとって都合の悪い言葉・文章であれば削除して良いという考え方
仮に発言内容が「不適切」だと判断したからといって、発言者との間で何のコミュニケーション・調整もなく、発言を丸ごと削除するのっておかしくないですか。辞める人間だからOKってことになったのでしょうか。まだ在籍期間は1週間もあったのに。
この一連の動きがとんでもなく失礼であり、人間の尊厳を傷つける行為であり、とても乱暴だったと思います。言葉を一方的に消す、ということをあまりに軽く見過ぎではないでしょうか。
残念なことに、上に立つ人が発言の削除を迫るという動きは、今回が初めてではありません。自分が知る範囲ではこの1年ほどで2回ありました。
(事例1)
2023年10月ごろ、《ちかく》は有給休暇の制度に対する不満を募らせていました。その結果、#times-×××× でこの制度に対して「むかつく」と述べたことがあり、それを受けて上の立場の人から発言の削除を強要されました。
私自身はその要求はおかしいだろうと思いました。しかし、これ以上反論したらどうなるかわからない、と思う程度には権威勾配がある関係性でした。恐怖感があり、納得できないまま発言を削除するに至りました。
この対応については、リアルタイムでも問題のある対応だったことを指摘しました。労務メンバーも交えて話し合いをした結果、この削除要求という行動には相当の問題があった、という話になりました。
私は2022年〜2023年にかけて半年ほど療養休業をしました。その長さの療養休業から復職した場合、有給休暇が出ない(過去1年間の出勤日数が8割を超えていないといけない)という意図の不明な理不尽なルールによって、通常よりも休暇をとりづらい状況が生じたり、休んだ場合に給与がダイレクトに減るなどのダメージを強いられていた状況でした。
今後復職するメンバーに対しては事前通告をしてほしいし、そもそも制度の改善もしてほしい、と労務に提案したりもしました。前者はすぐに対応してもらえましたが、後者に関しては一貫して困っている側の視点に立って考えてもらえなかったなと記憶しています。
話を戻すと、私が「むかつく」という言葉を使っていなかったら反応は違っていたでしょう。困っているなら何を言ってもいいわけではありません。ただ、言い方だけに焦点を当てることには一定の問題があると思います。
理不尽さを感じている側の人の「発信の仕方」だけを指摘することって、トーンポリシングという論点ずらしの手法にも当てはまるかと思います。その人が意図してこの手法を選び使った、ということではありません。困らずに済んでいる立場の、ある種の特権を持った人が「やってしまいがち」なアンチパターンとして知られている行動例だということです。
(事例2)
もうひとつは、年末まで在籍していたあるメンバーが、案件顧客への不満を自身のtimesチャンネルにこぼしたところ、その発言の削除要求があったという話です。これについてはリアルタイムで見ていたわけではなく、わたしが当時のチャットログを確認することがもうできないため、詳細は割愛します。
従業員が社内で発した言葉を半ば強制的に削除するように迫って、その背後にある問題の存在まで含めて無かったことにしようとする。そうした振る舞いを上司が当たり前に行うような環境は、とてもとても不健全だと感じています。
▼おわりに
今回のページ削除の対応について、××××が問題だと感じた点について説明しました。こうした理不尽を感じたため、私はこの判断に対してとても怒っています。
《A社》で働いている同僚のみなさん全員が、心身共に健康でありながら生きていってほしいです。健康じゃなければなんもできませんから……。
そう願っているのですが、今の組織の状況は、従業員が心身共に健康で居続けることを困難にすることばかりだなと思っています。少なくとも自分にとっては、この1年間そう思わされることが頻発しました。
退職を決めた段階では割と前向きなテンションだったわけですが、今回の対応を受けて、こんな会社なら辞めてよかったとすら思ってしまっているのが現状です。とても残念です。
会社の経営層・マネジメント職の皆さんにおいては、従業員視点を忘れずに都度確認し、そのうえで「組織の問題」に向き合ってほしいと願っています。具体的には、従業員が安心して発言できる環境づくりを目指してください。批判的な内容だから消す、「認知が歪んでいる」から消す、などといった安直な判断が起きないような組織環境をつくっていってほしいです。
また、経営層やマネジメント職でなくとも、比較的歴の長いスタッフであれば、自らが直面した「問題の存在」にもっと言及していってほしいです。
パレスチナのことだってそうだし、社内で言葉が消されることもそうだけど、まず「問題がそこに存在している」ことを言葉にして共有することからはじめないと、どうにもならないなあと思っています。その時々の状況によって言いづらいことはあるとは思います。私もそういうことはとてもよくありました。
でも、それが状況に関わらず一切できないのなら、それ自体が組織に横たわっている大きな問題だとも思います。
わたしは明日から不在になりますが、皆さんが健康でいられるより良い組織になりますように、と願っています。
長々と失礼しました。
なにかあればメールでもなんでもお声がけください!
--
××××《ちかく》
××××@××××.com
*その後
10月末のメールは、100人に満たない組織の半数ほどのメンバーにしか送ることができなかったが、後日、このメールをうけて何人かの同僚から「応答」があった。
まず、こんなに長くてまとまりのない文章を読んでくれたことだけでもありがたい。皆忙しそうなのに。それだけでなく、経営層による発言削除には違和感を覚えたとか、イスラエルがクラウド基盤の虐殺に活用していることについて自分でも調べてみた、という個々人のリアクションがあった。たった数人でもそう思っている人がまだあの組織内にいると思ったら少しホッとはした。
それだけでなにかが大きく変わるわけではないけれど、0人と1人以上では全然違う。ほんの少し前に進んだ、ということはよかったことだと思う。
一方的に投稿を消されたことについて思い出すと今でもかなり腹が立つ。謝られても許す気がないから謝ってほしいとは思わないのだけど、私からのメール送信以後、経営に関わっていた人間たちからこの件についてのアクションは特にない。